AI時代、人に記憶力は不要か?
僕はStandByで全ての発話を記録してあらゆるデータを検索可能な形にしている記録オタクだ。
最近、記憶力の衰えに危機感を抱いている。
記憶力を失ったら空っぽの人間になってしまうのではないかと恐れている。
人生どのくらい充実してたかってのは結局、思い出の総量なのではないか?
毎日同じことの繰り返しで記憶に残る出来事がないと、
「もうクリスマス!?」を毎年やる羽目になる。
同様に、楽しいこと・苦しいこと・人への感謝を忘れてしまっては、
穴の空いたコップのように人生が消えていってしまう。
記憶力を鍛えるとは、コップを大きく、穴を小さくすること。
学生時代(今もだけど)あまり写真を撮る習慣がなかった。
写真撮るより、今この瞬間を目に焼き付けようと思っていた。
でも忘れる。
残しておけばよかったと後悔している。
思い出をありありと想起するためのAIももちろん開発されるだろうが、
果たしてAIに全て記憶させておいたとして、
自分の脳は空っぽで良かったとして、
僕の人生が存在したと僕は思えるのだろうか。
記憶力を完全に諦めた人類はきっと、
脳にチップを埋め込んで精神と時の部屋のように数分で人生をもう一周するようになるかもしれないけど、
少なくとも今後10年くらいは、空っぽの人間にならないように記憶力を大事にしていこうと思う。
CEO 横田大伍